いつまでも母を一人きりにしてはおけないと考え始めた頃は、今の家を手放して故郷で新たに買い直そうかと思ったこともありましたが、幼ななじみがお前の故郷はここだと言ってくれる場所は恋しくても、そこでの暮らしをイメージしていると、今更またってことばかり浮かんでどうもしっくりこないし、かと言って一度住んだ大阪とか京都の街に戻るのも、自分の中ではそう違いはなくてスッキリしません。いっそ、まったく見知らぬ土地へ行って暮らそうかと思うぐらいに、どこにも行き場のない今を感じています。
生まれ育ったところへ帰れば、そこに親と暮らした家があり、気心の知れた友達も何人かはいる環境で今でも暮らしている友達に、うらやましいと言うと、あっちはあっちでそうかな?...そうでもないぞと言っています。こういうのって、ないものねだりなんでしょうね。
若い頃に描いていた50代の自分の行動は、早々に仕事を辞めて、見知らぬところを旅しながらどこかで人生を終えていたい的なことだったのですが、まだやらないといけない大仕事も残っているし、そんな気ままはなかなか難しそうです。
単身赴任の仮住まいで仕事を続けようとも、帰る家だけはどこかに決めておこうかとあっちこっち探してはいるのですが、新鮮で楽しそうな生活がイメージできないのは何故なんでしょうか...
自分がまだ若かった頃に、せっかく親が買った家を手放させたバチが当たったのかなと、ふと思ってみる流浪の民でした。親子の絆とか家族の和っていったいなんだろう?

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