介護とは直接関係ありませんが、帰省する度に感じていたのは、自分にとって落ち着ける故郷はいったいどこになるんだろうって事でした。かれこれ20年以上前になりますが、私には何の相談もなく、高松市近郊で親が家を買っていた時は、正直に言ってガッカリしました。家が悪いわけではありませんでしたが、自分はもういないものと判断したかのような、縁もなにもない地域だったからです。
とは言え、香川はそう広くはないので、友達に会いたければクルマでもバイクでもすぐに行ける程度の場所でしたが、どこを見渡しても親たちに馴染みがあった場所でもなく、自分にしても原風景などどこにもありませんでした。そうした感性を親達が持っていないわけではなかったと思いますし、自分たちが暮らす家ぐらい好きに選べばいいとは思いましたが、買う前に一言ぐらい相談してくれてもよかったのにと言ってしまいました。
その頃であれば、私だって経済的に親を助けるぐらい出来たし、その後に必要になりそうな病院とか買い物とか、利便性まで考慮して選んでおくことも出来たのにと...
その後、父が病に倒れたり、母の怪我があったりで、なんとなく良くない状況が続いたこともあって、それは家が良くないみたいなことを私は言って処分させ、現在自分が暮らしている場所へ呼び寄せたのでしたが、わずか1年で、頼むから最後ぐらいは海のある讃岐でいさせてくれと父から言われて、また香川へ連れて帰ったのでした。
すると以前よりは高松市の中心部に近い場所に暮らし始めた親でしたが、父が他界すると、今度は親達にとっての故郷に近い町で暮らすことになりました。それがこないだまで母が暮らしていた地域なのですが、そこでも早や15年です。
しばらくは、帰省する度に高松の友達のところへ遊びに行っていた私でしたが、その距離は段々と遠く感じられ、一番帰りたい自分にとっての故郷へは行けないままの歳月だったのです。親と同世代の親戚が点在するぐらいで、話をする友達さえいない田舎ほどつまらないものはありません。
ずっと同じ場所で親がいてくれたならば、こんな違和感にも気づきはしなかったかもしれません。だけど時々バイクで走りながら、今住んでいる町や親が暮らした町にある風景を見ていると、俺はなんでこんな場所にいるんだろうかって考えることがあります。
それは、そこにいた歳月とはあまり関係なくて、仲間と共有したものがあるかないかってところが大きいのだろうと最近になって気づきました。普段は意識していなくても、親しい仲間と共有した時間がその場所にあるかないかって、けっこう重要だと思うのです。

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