幸福の度合いはその人の考え方により様々でしょうが、天涯孤独でもない限り必ず巡ってくるものが親の老いに対処しなければならないという現実です。
世の中には亡くなるまで心身共に健康でいられる方も多くいらっしゃるでしょうけれど、故郷で一人暮らしをしていた母と久しぶりに会い、どこかおかしいと私が感じ始めたのが数年前でした。しかし、離婚して母が暮らす場所から比較的近いところで暮らしていた9歳年上の長姉がいたこともあり、私は、自分が看なければという思いはありながらも、姉がいるしどうにかなるかという意識もどこかにあったと思います。
そんな1960年生まれに突きつけられたのは、認知症の兆しによって、これ以上の一人暮らしは危険であると感じずにいられない母の変化と、それにどう対処するかを一緒に考えようとしていた姉の他界でした。7歳年上の次姉は10数年前に交通事故で既に他界しており、気がかりな母のことで頼れるのは長姉だけという現実があったため、あまりに早すぎたその死から2ヶ月の間に、これはもう母の面倒を見るのは自分しかいないと覚悟せざるを得なかったのです。
自分を育ててくれた親のことを看るのは人として当然であるとは分かっていても、遠く離れた場所で暮らしてきた親子にとって、老後の暮らしを平穏にするためには、お互いが我慢をしながら折り合いをつけていかねばならずで、その葛藤はいたずらに時間を浪費するばかりでした。しかし、もう時間がないというところまで来たために何度も故郷に帰ることとなったのですが、今更ここに帰って暮らそうという気にもなれず、かと言って最後は故郷でいたいと言う母を呼び寄せるのも可哀想で、考えあぐねていた私は、同様の状況を体験した目上の方たちに教えてもらいながら自分の摂るべき道を探し始めたのでした。
アドバイスをくださった人たちは、大抵の場合、「悪いことは言わないから自分で看ようとは思わない方がいい。」という意見でしたが、親に支給されている年金額や生活状況などから、介護施設に入れようにも入れられない事情がある方は、それが苦難とは知りながらも自宅で看るしかなかったと話してくださいました。
幸いなことに、早くに他界した父が船員だったため、母は施設に入れるだけの年金を受給できていたので、その点は救われたのですが、故郷で暮らす友達の話によると、住み慣れた家を手放して施設に入る人も多いそうです。
そんな悲しい選択を、国の制度が悪いからと言ったところで、今、この時に突きつけられた現実と向き合うより他に方法はないのだから、私以上に悩み苦しんでらっしゃる方は多くいるだろうなと考えながら、同世代の友達からもそれぞれの思いを聞いていました。
うちと似たようなものだと思う共感と、随分と恵まれていると感じる羨ましさや、うちの方がマシかもという同情など、友達と現在の状況を語り合う中で心は揺れ動き、考えさせられることは多かったですが、多少の違いはあれどもみんな闘っているのは同じなんだと思うと、どれほど心強かったか分かりません。
しっかりと事前予測して万全の体制で時を待っていた人も友人の中にはいましたが、そろそろどうにかしなければと思いながらも、なかなか受け入れられずにいた親不孝な私のように、多くの場合、認知そのものは晴天の霹靂のごとく訪れるような気もします。
時の流れは思ったより早く、そんな中で私がこれまで経験してきたことは、たとえわずかでも同じような状況に悩む方の参考にしていただければ幸いです。
世の中には亡くなるまで心身共に健康でいられる方も多くいらっしゃるでしょうけれど、故郷で一人暮らしをしていた母と久しぶりに会い、どこかおかしいと私が感じ始めたのが数年前でした。しかし、離婚して母が暮らす場所から比較的近いところで暮らしていた9歳年上の長姉がいたこともあり、私は、自分が看なければという思いはありながらも、姉がいるしどうにかなるかという意識もどこかにあったと思います。
そんな1960年生まれに突きつけられたのは、認知症の兆しによって、これ以上の一人暮らしは危険であると感じずにいられない母の変化と、それにどう対処するかを一緒に考えようとしていた姉の他界でした。7歳年上の次姉は10数年前に交通事故で既に他界しており、気がかりな母のことで頼れるのは長姉だけという現実があったため、あまりに早すぎたその死から2ヶ月の間に、これはもう母の面倒を見るのは自分しかいないと覚悟せざるを得なかったのです。
自分を育ててくれた親のことを看るのは人として当然であるとは分かっていても、遠く離れた場所で暮らしてきた親子にとって、老後の暮らしを平穏にするためには、お互いが我慢をしながら折り合いをつけていかねばならずで、その葛藤はいたずらに時間を浪費するばかりでした。しかし、もう時間がないというところまで来たために何度も故郷に帰ることとなったのですが、今更ここに帰って暮らそうという気にもなれず、かと言って最後は故郷でいたいと言う母を呼び寄せるのも可哀想で、考えあぐねていた私は、同様の状況を体験した目上の方たちに教えてもらいながら自分の摂るべき道を探し始めたのでした。
アドバイスをくださった人たちは、大抵の場合、「悪いことは言わないから自分で看ようとは思わない方がいい。」という意見でしたが、親に支給されている年金額や生活状況などから、介護施設に入れようにも入れられない事情がある方は、それが苦難とは知りながらも自宅で看るしかなかったと話してくださいました。幸いなことに、早くに他界した父が船員だったため、母は施設に入れるだけの年金を受給できていたので、その点は救われたのですが、故郷で暮らす友達の話によると、住み慣れた家を手放して施設に入る人も多いそうです。
そんな悲しい選択を、国の制度が悪いからと言ったところで、今、この時に突きつけられた現実と向き合うより他に方法はないのだから、私以上に悩み苦しんでらっしゃる方は多くいるだろうなと考えながら、同世代の友達からもそれぞれの思いを聞いていました。
うちと似たようなものだと思う共感と、随分と恵まれていると感じる羨ましさや、うちの方がマシかもという同情など、友達と現在の状況を語り合う中で心は揺れ動き、考えさせられることは多かったですが、多少の違いはあれどもみんな闘っているのは同じなんだと思うと、どれほど心強かったか分かりません。
しっかりと事前予測して万全の体制で時を待っていた人も友人の中にはいましたが、そろそろどうにかしなければと思いながらも、なかなか受け入れられずにいた親不孝な私のように、多くの場合、認知そのものは晴天の霹靂のごとく訪れるような気もします。
時の流れは思ったより早く、そんな中で私がこれまで経験してきたことは、たとえわずかでも同じような状況に悩む方の参考にしていただければ幸いです。

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