絵というものは、高校から専門的に学ばせてもらう中で自分でも感じたことですが、日々精進していなければいずれその技術も錆びついてしまいます。偉大な芸術家たちが死ぬ時まで筆を持ち続けたのは、それに人生を捧げたという意識もあったでしょうけれど、自身が設定した合格点に達することが出来ないという自己嫌悪が次の作品を生み出したのではないかと私は思うのです。
芸術家気質は分裂気質などとよく書かれていた時代がありましたが、それほどに、絵が好きな人々の特徴としては自己嫌悪が常につきまとい、終わりなきゴールを探し続けているように私には見えました。それは、年老いた人でも、これから社会へ羽ばたこうとしている人でも同じで、もうこれぐらいでいいやっていう割り切り方が下手な人が多いのです。
私が美術を学べる高校に進学した頃、親たちは、自分たちも学校へ通った頃は絵が好きだったと揃って口にしていましたが、作品が残っていたわけでもなく、描いて見せてくれたわけでもなかったので、絵が好きということは遺伝でもあるのかなと思った程度でした。
しかし今回の片付けで、母の部屋から大量の色紙と練習帳が出てきたので見てみると、身内贔屓ながらけっこう上手だと感じた水墨画が描かれていました。一人暮らしの孤独を紛らわせるためだったのか、そこそこ暮らしていけるだけの年金があったため、多少なりとも生活に余裕が出ていた時期があったのか、母はどこかで水墨画を習っていたようでした。
初めの頃らしき色紙には、途中で失敗していたり絵になっていなかったものもありましたが、自分の印を入れてあるものだけでもかなりの量でした。施設ケアマネージャの方から、手先を使っていることは非常に良いので、絵の道具があるなら持ってきてあげてくださいと言われたので、過去の作品と道具をまとめて持って行きました。
「もう描けんなあ。」と言いながらも、懐かしそうに自分の絵を眺めていた母の顔はほころんでいました。

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