母が暮らしている地区の役場にある地域包括支援センターの方は、恐縮してしまうほど何度も電話で母の様子を知らせてくださり、どうすればいいかのアドバイスまで事細かくしてくださる日々が続いたのですが、いよいよディサービスの利用やグループホームへの入所が必要という段階になってくると、役場の担当官から要介護かどうかの判断と認定をしてもらわねばならないことと、医師による検診と所見が必要だと知らされました。片付けの日程と診断日を合わせてもらい、帰省して私が立ち会ったのですが、その時に説明してくださったのが、介護が必要かどうかの判断基準は、認知の度合いというよりも身体に不自由があるかどうかというところに比重が置かれているため、高齢者なりに足が不自由になりかけてこそいるものの、認知の度合いがさほど進んでいない健康体だった母は、試問検査でも身体機能の確認でもシャキッとしていたのです。
そうした検査になると、それまでよりシャキッとする方がけっこう多いということは、地域包括センターの方はわかってらっしゃるみたいでしたが、これはもし自分であってもそうなるのではと思いながら見ていました。
審査には地域包括センターの方も同席してくださっていて、介護認定の担当官が問題なしと判断しかけたところでも、小さく首を振り、それまでの生活を観察して感じた違和感を伝えてくださったおかげで、どうにか要介護1をつけてもらえたという経緯があります。
実際は、ディサービスを利用するだけで、まだ一人暮らしは可能であるという見方も出来てしまう状況の中、出来れば自由にのびのびと暮らしたいという母の気持ちを優先してやりたいという自分の思いもあって、入所を決めるまで少し悩みました。
また、ちょうど我が子の大学進学と重なり、一気に二重の負担が来てしまう現実を前に、ディサービスで済むものなら...とも考えてしまった私でした。
それなのに、なぜ急いで入所しなければならなかったかの理由はまだここに書く勇気がありませんけど、残すは家の片付けだけとなった現在は、今頃どうしているだろうかとか、大丈夫だろうかという心配からは解放され、気持ちもすごく楽になれたような気がしています。
心の片隅には、昔でいう姥捨をしたような後ろめたさがないわけではありませんが、様々な事情を無視した田舎ならではの噂話や抽象に疲れ、介護施設へも入れられない方がもしいらっしゃるとしたら、その方が不幸だと思うぐらいで、本人の気持ちを優先してあげられたならそれが最良ではないでしょうか。
はじめは嫌がっていた母も、今は慣れてとても明るくなり、他の方達とのコミュニケーションも楽しめている様子なので、思い切ってよかったと今は私も思っています。

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